真鍋 和子さん (電気通信大学) に0x10個の質問をしてみた
文中における所属・肩書きは、2011年7月19日掲載時のものです。
-
真鍋 和子 (まなべ かずこ)
電気通信大学 修士二年。村松研究室所属。
宮崎県出身。
専門は囲碁AIの研究。2008年よりコンピュータ囲碁の研究を開始。
昨年のCEDEC CHALLENGEでは、開発したAI “kasumi” でベスト4進出。
0x00.簡単な自己紹介をお願いします。
真鍋:ゲームが大好きな大学院生です。 やるのも作るのも時間が足りないので、そろそろ人間用 マルチコア ひとつのチップに複数の計算機を集積した、最近流行の設計。うまく使うと性能が出るが、使いこなすのは決して簡単ではない。 が出てこないかな、と夢見ています。
マルチコアは、かえって面倒が増えて思ったように性能が出ないこともしばしば・・・。などというマニアックな突っ込みは置いておいて (笑)。 去年のCEDECで、 真鍋さんのコード http://cedec.cesa.or.jp/2010/event/challenge/ai/entry.html よりダウンロードできます。 も読んだのですが、なんと言うか、優雅でした。 例えて言うなら、色々な仕掛けがついたカバンじゃなくて、日本の風呂敷みたいな。 この例えは通じないかもしれない (笑)。 プログラミングは誰かに教わったのですか? それとも基本的には独学ですか?
真鍋:ごめんなさい、私のコードなんて誰も見ないよね、と高をくくっていました。 今年はもうちょっと見やすくしておきます…。 しかし風呂敷、ですか。 大雑把という言葉を実に綺麗に言い換えていただけて、嬉しいです(笑)。 プログラミングは基本的に独学です。 大学ではどちらかというとコーディング技術というよりは、 OS Operating Systemの略。コンピューターの動作を制御するプログラム。ハードウェアリソースの制御、アプリケーションを安全に動かすための仕組みの提供、ハードウェアの違いを隠すための抽象化などを行う。最近は、ユーザーインターフェースの基本機能の提供も含めてOSと呼ばれることも多い。代表的なものに、マイクロソフト社のWindows、アップル社のMac OSやiOS、グーグル社他が推進するAndroid、フリーソフトウェアとして提供されているLinuxなどがある。 や コンパイラ 人間に理解しやすいプログラミング言語を、コンピューターが効率良く実行できる形式に一気に変換するプログラム。今日のソフトウェア開発では、「C言語」や「Java」などのコンパイラが多く使われている。対して、プログラミング言語を逐次解釈する系を「インタープリター」と呼ぶ。 、 アセンブラ コンピューターが直接実行できる形式と対応し、若干は人間が理解しやすいようにした形式。現在のプログラム開発では、そのほとんどがコンパイラーやインタープリターを用いて行われるが、高速性に対する要求や、使用できる計算機資源が限られる場合は、アセンブラが使われる。 、 アルゴリズム コンピュータープログラムにおいて、計算の手順を示す。コードよりは抽象度が高く、数学モデルよりは抽象度が低い。日本語では「算法」などと訳される。 といったものを中心に勉強します。 だから実際のコード書きは自分で学ぶしかないですね。
コーディング プログラムを書くこと。 するときや、アルゴリズムを考えるときに何か心がけていることはありますか?
真鍋:囲碁AIを書くときに特に気をつけているのは、実行速度です。 上限はありますが、速ければ速いほど強くなるのが、今のモンテカルロ木探索ですから。 速さに関係ないところは大雑把。 囲碁AIでなければ、また変わると思います。 そのプログラムに一番必要とされているものは何か、というのを考えて書いていますので。
0x01.今のお仕事を選ばれた理由は何ですか?
真鍋:すごく浅い理由です。 父が囲碁をしていて興味があったこと、漫画「ヒカルの碁」が面白かったこと。きっかけはこれだけなんです。
お父様には囲碁を教わったりされたのですか?
真鍋:「ヒカルの碁」を読んだあとに、父に囲碁を教わろうとしたことはありましたが、その時は見事に挫折しました。 ルール 囲碁の「ルール」は極めてシンプル。しかし、その後の打ち方は自由であるがゆえに難しい面も。詳しくは「理系クンの囲碁入門」 http://cedec.cesa.or.jp/2011/event/challenge/ai/special_lesson/index.html 参照。 も知らない初心者なのに、いきなり 19路 囲碁の盤で一般的に使われているもの。19x19の交点がある。他に、6路盤、9路盤、13路盤などがある。通常、入門者は6路や9路から始める場合が多い。 でさあ打ってみようと言われ、全く理解できなかったんです。 さすがに無謀だったと思うよ、お父さん! 結局囲碁が打てるようになったのは、研究室に入ってからでした。
「ヒカルの碁」は、本当に面白いですよね。 あれは、囲碁の面白さもそうですけど、出てくる人物が面白すぎて・・・。 お気に入りのキャラクターは誰ですか? その理由は?
真鍋:あんまりにも上達しないので、佐為がいてくれたらなあ、と思うことがあります。 お茶目キャラだから飽きないし、囲碁も教えてもらえますし。 でも実際に取り憑かれたら、ヒカルじゃないですけど、賞金狙いでタイトル戦、とか考えてしまうかも。
電通大もオモシロキャラの宝庫だと思うんですけど、誰かいたら紹介して下さい (アレでしたら、個人名は伏せて頂いて結構ですw)。
真鍋:電通大にもお茶目キャラいますよ。 今後の人間関係を考えてお名前は伏せさせていただきますが、某M松教授ですね。 面白いエピソードもたくさんありますが、違う研究室の友人に話すと、決まってみんなこう言うんです。 「うちの教授と似たようなことやるね」と。 どうやら電通大の教授は、みんなお茶目さんらしいです。
0x02.今のお仕事は一番好きなことですか? そうでなければ一番好きなことは何ですか?
真鍋:一番好きです! 自分が手をかければかけただけ、プログラムが育っていく。 強くても弱くても、すごく可愛いんです。
自分が作ったプログラムを可愛いと思う感覚は、CEDECに参加されるほとんどの方は開発者ですから、説明の必要は無いかも知れませんね。 でも、それ以外の方や、囲碁の先生方にはピンと来ないかも知れません。 もう少し、詳しく説明してみて頂けますか?
真鍋:例えるなら、ペットに芸を覚えさせるのに似ています。 「お手」を教えようとしてもなかなか思い通りにはなってくれなくて、遊びと組み合わせてみたり色々試しながら根気強く教えることで、やっと一つできるようになる。 それを繰り返して、少しずつ色んなことができるようになっていくんです。 自分の手で育て上げたんだ、という感覚です。
0x03.お仕事をされていて一番楽しい事は何ですか?
真鍋:弱くても可愛い、とは言いましたが、やっぱり大会で勝つとほんとに嬉しいです。 その瞬間のためだけに、一生懸命になれます。
負けず嫌いだなあ (笑)。 勝ち負けにも嬉しいものと、そうでもないものがあると思います。 これまでで、一番嬉しかった勝ちはどんなものでしたか? 一番悔しかった負けは?
真鍋:9路盤ですが、私と対局して、初めて負かしてくれた時が一番嬉しかったです。 私は当時ルール覚えたてで、 10級 囲碁の段級位は定量的なものではない。上級者が対象者の碁を見て判定してくれる。なので、碁会所やネット碁によって異なるが、10級というのは「大まかな理屈はわかっているが、思ったように打てない」くらいだろうか。プログラマで言うと、ひとつの言語の文法は覚えたし、コードを書くこともできるが、自己流。他人のコードは一行ずつしか追えないし、他の言語は知らないという感じ。 程度でした。 だから、一般的に言うと全くすごいことではないのですが、それでもその時までは、私に勝てなかったんです。 プログラムが製作者を超えてくれた、ということにすごく感動しました。 負けて悔しかった時、というとそれはいつも悔しいですが。 特に挙げるとすれば、去年の超早碁の準決勝で、 先輩の矢野さんに負けた 棋譜が http://cedec.cesa.or.jp/2010/event/challenge/ai/entry.html よりダウンロードできます。 時は特に悔しかったです。 敗北という結果もそうですが、内容が悪かったので。 あれは序盤の数手でもう勝負が決まっていましたね。 今年はそれを踏まえて、付け焼刃ですが序盤の 定石 囲碁における長い歴史の中で、黒と白双方が最善の手であろうと考えられている一連の着手パターンのこと。 を導入しています。
0x04.お仕事をされていて一番辛い事は何ですか?
真鍋:全部好きでやってることなので、辛いことはほとんどないです。 プログラムに大きな問題が見つかっても、どう対処しようか、逆にわくわくしちゃいます。 強いて言えば、そうですね、夢中になって徹夜しちゃうことあるじゃないですか。 で、ふとキーボードを叩く自分の手を見ると・・・あ、なんか、肌年齢が加算されたかも・・・と。
徹夜して書いたコードは、そのときは達成感がありますけど、後で見直すと落ち込むことが多いので、僕はお勧めしません (笑)。 でも、僕も20代のころとかは、帰りの電車で解決策を思いついて、職場に引き返したりしてました。 逆に、物凄く悩んでいたことが、解けてみたらあまりにも単純で、嬉しいやら情けないやらという思いも何度もしました。 このワクワク感って何でしょうね? これも、CEDECにいらっしゃる方々には説明の必要も無いかも知れませんけど、一般の方にもわかるように説明を試みて頂けますか?
真鍋:なぞなぞ解きに似ているかもしれませんね。 私たちはなぞなぞが大好きだから、ご飯食べてるときもお風呂に入ってるときも、ずっと考えてます。 考えることも楽しいですし、解けたときはすごく嬉しい! これが面白いから、なぞなぞはないよりもあった方がいいんです。 解いてみたら実は簡単で、肩透かしをくらうようななぞなぞもいっぱいありますけど。
0x05.ご自身のお仕事が誤解されているなあと思う事はどんなことですか?
真鍋:もし囲碁を 解いて ゲームAI研究者の方々は「ゲームを解く」という言い方をする。これは大雑把に言うと、先手必勝か、後手必勝か、引き分けかが決定すること。例えば、三目並べなどは、双方が最善の手を打つと、必ず引き分けになることがわかっている。 しまうと、そこまでいかなくても、人間がコンピュータに勝てなくなると、囲碁というゲームが面白くなくなってしまう、というのは違うんじゃないかなと思います。 人間とコンピュータではそもそも土台が違いますから、単純に比較するものではないです。 囲碁AIは、今は人間から学んで強くなっています。 いつか人間がコンピュータから学んで強くなる時代がきたら、それは良い関係と言えるのではないでしょうか。
そのAI、僕のために今すぐ欲しい! は、ともかく、この話、面白いですね。 今のコンピューターは、基本的に人間が機械に対して一方的に命令して動かすわけですが、機械が人間の成長を助けるような時代ですね。 一部で行われている、 Advanced Chess 人間同士の対局で、コンピューターを道具として用いることが許されている競技形式。 なども、そういった試みのひとつかも知れません。 今の囲碁や将棋のAIは、ひたすら強くなることを目指しているのだと思います。 きっと挑戦的なテーマですけれど、人間をもてなしたり、強くなるのを助けるようなAIに進むためには、どんなブレークスルーが必要だと思いますか。 直感と妄想で構いませんから、お考えを教えてください。
真鍋:対局相手の棋力、棋風、弱点などを判別して、それに合わせて打ち方を変えられるようになれればいいですね。 接待囲碁なら(笑)、いい勝負をした結果、 半目勝負 囲碁の勝負は、終局時に白、黒双方が何目の陣地を持っているかで決定される。双方ハンディキャップ無しの「互先」勝負の場合、先手の黒の有利を相殺するために、6.5目が予め白に与えられる。そのため、終局時に、盤面で黒が白より6目多い場合、白の半目勝ちになる。 にしたり。囲碁教師としてなら、わざと弱点をじわっと攻めることで気づかせたり。 AIと打つことだけでだんだん強くなっていけたら、理想ですよね。私もぜひ欲しいです。
0x06.その誤解を解いて、面白さを伝えるためにどんな工夫や取り組みをされていますか?
真鍋:なかなか難しいですね。 実際に体験しないと、納得しがたいとは思います。 そうですね・・・、つい先日、村松教授が現在世界最強と言われる、 Zen19D 2011年7月現在、最強クラスと言われている囲碁AI。ZenというAIをクラスタ化して強化したもの。KGSという国際的なネット碁会所で5段の認定を得ている。 と早碁で対局しました。 村松教授は(自称) アマ7段 アマチュアの場合最強位は8段。だから、アマ7段というのは、簡単に言うと、物凄く強い。しかし、同じ段位でもアマとプロでは、その実力には天地の差がある。プロの強さは、尋常ではない。 なのですが、結果はZen19Dの勝利。 その時教授は「うわ~負けちゃった~!いやでも、時間制限がきついよ、もう少し時間があれば!」とかいろいろ言い訳していましたが(笑)、でもその顔は悔しそうながらもにっこにこ。 本当に楽しそうでした。だからきっと多くの人に楽しんでもらえると思うのですが、ごめんなさい、今は特に何もできてないです。
村松教授のお茶目さは、僕も参っちゃいますね。 村松さんに限らず、 伊藤さん 伊藤 毅志(いとう たけし)助教。電気通信大学 情報理工学研究科。昨年、清水女流王将に勝利して話題になった将棋AI「あから2010」の開発指揮を執られた。 からもお茶目さを感じます。 というか、研究者の方ってお茶目な方が多いような気がします。 正直、締め切りがシビアな仕事だと、ちょっとイラっと来ることもあるんですけど (笑)。 でも、ま、いっか。とか思わせちゃうところがありますね。 僕は、こういった研究者の魅力というのを、CEDECに来る人たちにも共有して欲しいなと思っています。 例えばなんですけど、真鍋さんが「実際に体験」して感じる面白さを、そうではない人に感じてもらうにはどうしたらいいでしょう? なかなか、自分でAIを作ってみるというのは敷居が高いです。 その雰囲気だけでも感じてもらって、ちょっと試してみようかな? と思わせるようなアイデアはありませんか?
真鍋:あ、やっぱり教授方はお茶目だと思いますか(笑)。 今度お茶目初段認定証を贈っておきますね。 AI製作の雰囲気を味わう、ということで思い出したのが、伊藤先生の研究室で作られた、 KIDSというシステム http://minerva.cs.uec.ac.jp/~ito/KIDS/top.htm です。 5五将棋 囲碁入門用の9路盤と同じように、通常の9x9枡より小型の5x5将棋盤と、王、金、銀、角、飛車、歩を双方一枚ずつで対戦する。一見、シンプルなゲームに見えるが、よく練られたデザインで愛好家がいる。AIのテーマとしても用いられる。http://minerva.cs.uec.ac.jp/~uec55/ 版と囲碁9路盤版があったと思いますが、知識を入力することで、簡単に自分のAIが作れるんです。 これはプログラムができない人でもAIを作れるように、というシステムなので、複雑な動きはできないんですが。 開発者向けでしたら、こんな感じに自分でちょっと改良すればすぐ使える、もとになる ソースを配布 CEDECの囲碁AI対決では、ソースコードの公開をレギュレーションとして義務付けている。 するのはいいかもしれません。 プログラムがピクリとも動かない最初の段階が、一番つまらなくて、AIの敷居が高くなっている原因だと思いますので。 じゃあ作れって言われたらすごく困りますが(笑)。
0x07.自分 (が開発したAI | の教え子) が勝ったとき、どんなふうに感じますか?
真鍋:それはもう、自分のことみたいに嬉しいです。 いえ、自分のプログラムだから、自分のことみたいというのは変な表現ですが。 プログラムは乱数を使って考えているので、時にはうまく打ったり、かと思ったら、全く見当違いのところに打ったり、ということがあるんです。 自分は対局中に手を出せないから、見ているとすごくもどかしい。 授業参観に来ている親の気持ちです。 だから「自分のことみたいに」嬉しい、と感じるんです。
「お、妙手!」とか「いや、その手は無いだろう!」とかいう感じですね。 今の囲碁AIで良い成績をおさめているのは、乱数を使った モンテカルロ法 乱数を用いて、計算を何度も繰り返すことで精度を上げる方法。AIだけではなく、グラフィックスにおける光の計算、多数の粒子の振る舞いのシミュレーションなど、非決定性の強い計算で用いられることが多い。語源は、カジノで有名なモンテカルロで遊ばれるルーレットゲームから。 をベースにしたものですね。 去年のCEDECでもそうでした。 でも、僕は、実はこれに納得がいっていないんです。 だって、人間が乱数を使っているとは思えない。わからないけど。 今年のCEDECでも、アルゴリズムに縛りはかけませんが、もし仮に「乱数禁止」というレギュレーションになったらどうしますか?
真鍋:それは困りました! ではどうせ 擬似乱数 通常、コンピューターが生成する「乱数」は、予め決められた数式によって順次生成される数列に過ぎない。なので、「乱数」という言葉から素朴に感じるのとは違い、予測不能ではない。 なので、事前に スタック コンピューターのメモリ管理方法の一つ。テニスボールを入れる筒のようなもので、最後に入れたものを最初に取り出せる。この方式を用いると、多重の関数呼び出しなどが無理なく実現できるので便利。FILO (First In Last Out) とも言う。 に積んでおいて、これは乱数じゃなくて定数だと言い張る…などというのはだめですか。 乱数を使っていない囲碁AIというと、今ではクラシックや知識ベースと呼ばれる、10年前ぐらいのAIがそうですね。 ずっと アマ初段 普通に碁会所などに行って遊んでもらえるレベル ぐらいで止まっていて、それ以上なかなか強くならなかったんです。 だから今はモンテカルロと組み合わせるのが流行しているんですね。 私は乱数って、囲碁の人間の思考と合ってると思うんですよ。 囲碁では「なんとなくそれっぽいから打ってみる」とか、「今負けそうだけど、このへん手がありそう」とか、しょっちゅうあるじゃないですか。 数学っぽく言い換えると、前者は「勝つ確率が高い」、後者は「勝つ確率は低いけど、分散は大きい」に当たりますよね。 等しいとまでは言いませんが、たまたま相性が良かった。 だから今の囲碁AIは、強くなってきているのだと思います。 それに乱数が使えないと、囲碁AIの敷居が高くなっちゃいますよ?と、禁止になっては困るので脅してみます(笑)。
0x08.自分 (が開発したAI | の教え子) が負けたとき、どんなふうに感じますか?
真鍋:さっきの答えとちょうど逆ですね。 自分の力が及ばなかったばっかりに、と。 それと同時に、次は何を教えよう、どう教えれば理解できるかな、と頭を巡らせます。 負けるのはもちろん嫌なのですが、その分欠点が見えてきます。 それを踏まえて次のアイディアを考えるのは楽しいですね。
その欠点も愛しかったりしてね。 今までに見えた「欠点」で何か紹介できるものはありますか? それに対して、どんなアイデアを考えたのかも教えてください。
真鍋:モンテカルロ木探索を使ったAIを作り始めて、一番始めにぶつかる問題が、 放り込み 囲碁において、あえてすぐに取られる場所に石を置いて相手に取らせる方法。この結果、取られた石よりも多くの石を取ったり、地を稼ぐことができる場合がある。これを用いた技に「ウッテガエシ」や「石の下」などがある。上手く行くと非常に良い気分で、やられるととても悔しい。 による アテ あと一手で、相手の石を取れる状態のこと。相手は、逃げるか、取らせるかを選ばなければならない。 です。 意味があるなら打ってもいいんですけど、全く意味のない、自分から アタリ 「アテ」の状態のこと。ところで、はじめてテレビゲームを商用化した米国ATARIの社名は、ここからきている。 に行くだけの手。 AIが何の知識もない状態ですと、その後に相手が石を取る確率と、別の場所に打つ確率が同じなんです。 「別の場所」に該当する 空点 白も黒もまだ打っていない点のこと。 はたくさんあるので、実際に取られる確率は数%、などというとんでもない計算になってしまいます。 ここで、石を取る手は良い手なんだよ、と教えてあげると、あまり放り込まなくなります。 あとは、他に打つところがなかったら セキ 白も黒も、自分が打つと取られてしまうので、どちらも手出しできない膠着状態のこと。このような状態になった領域は、双方を生きとみなしてゼロ目として計算するルールになっている。 に自ら打ってしまうこととか。 これは パス 囲碁では、着手しないことも選択肢として認められている。これは、自分が打っても何も得しない場合。なので、双方が連続してパスをすると、お互いにもう打ちたくないということになる。正式のルールでは、双方が連続してパスをすれば終局となる。 を候補手に入れることでしのいでいます。 セキしか打つ場所がない盤面での最善手は、パスというわけです。
0x09.今の囲碁AIで凄いなと思う事は何ですか?
真鍋:やはり、ここまで強くなったということがすごいですよね。 でも大変申し訳ないのですが、私自身が強い囲碁AIを目指して作っているので、すごいとは思っても素直に喜べず、悔しさは否めません。 このあたり、もうちょっと素直な心を持ちたいです。反省。
ホントに負けず嫌いのようですね。 万波先生とソックリ 万波佳奈プロに限らず、一般的に女性のほうが男性よりも戦い好きと言われる。女性のほうが全体よりも部分に集中しやすいからだという説もある。 だ (笑)。 ところで、囲碁みたいなゲームには「つよい」という軸だけじゃなくて「うまい」という軸があると思います。 もちろん目指すは、上手くて、しかも強い、だと思いますけど、今の囲碁AIの「うまい」軸についてはどう思いますか?
真鍋:別に開発者が「うまい手を打ちなさい」と指示しているわけではないのに、うまい手けっこう打ちますよね。 何なんでしょうこれ。 「うまい手」って「つよい手」の上位バージョンと考えていいんでしょうか。 うまさに焦点を合わせた研究も面白いかもしれませんね。
0x0a.今の囲碁AIに感じる違和感は何ですか?
真鍋:序盤、中盤、終盤で、打ち方に差があるところです。 強さが一定でない。人間とコンピュータの、得意・不得意分野の違いが現れているのでしょうね。
ここ、面白いので、それぞれ詳しく説明お願いします。
真鍋:序盤は、AIはとても弱いです。 最初の10手20手ぐらいまでは、定石をデータとして入れることで何とかなりますが、それ以降は 変化 定石は、周囲の石の状況によって様々なバラエティに分岐していく。そのため、ある局面で双方ともに最善な定石が、他の局面ではそうとも限らない。 が多すぎてついていけません。 特に大きな理由の1つとして、人間がぼんやりと見ることができる「石のかたまり」が、AIには見ることが難しい、というものがあります。 この石がどの石に影響しているのか、または関係がないのか。この判断がしっかりできないのです。 だんだん盤上に石が増えてくると判断材料が増えるので、良い手を打ち始めます。 このあたりは、人間と同じかそれ以上。 しかし、 攻め合い 白と黒が、お互いの石を殺そうとしている状況。お互いに生きられない形なので、部分的には食うか食われるかで結果が決まる。ほんの僅かなミスで、勝敗が決する場合が多く、疲れるが面白い。 に関しては苦手です。 これも先ほどと同じような理由で、どの石が攻め合いに関係するのかの切り分けができないのです。 特に 手数 決着がつくまでの着手数。当然だが、多いほどややこしくて間違えやすい。 がかかる攻め合いだと読み切れず、間違えやすいようです。 ヨセ 終盤近くに、主に盤の端のほうで行われる攻防。うっかりすると、10目も20目も結果が変わるので油断できない。 に入ると、もう変化する場所がないので、AIの機械としての本領発揮です。 ガンガン読んで、半目勝負などですと、かなり正確にヨセてきます。 しかし盤面どちらかが圧倒的に有利だと、話が違ってきます。 AIは勝ちさえすればいいと思っているので、勝っているときは 甘く打って リスクを避けるため、安全かつあまり相手に響かない場所に打つこと。「ゆるい」という表現もある。対して「厳しい」という。 、負けているときは 玉砕覚悟 ひょっとしたら相手がミスをしてくれるかも知れないので、相手の陣地に打ち込んでみたり、相手のキズを狙ってみたりすること。人間の上手い人同士だと「行儀が悪い」と叱られることも。 で相手の陣地にめちゃくちゃに打ってきます。 人間だとできるだけ多くの地を取りたい、と思うところですが、ここは大きな違いですね。 以上の話は、純粋なモンテカルロベースのAIの話なので、クラシックと組み合わせているAIはちょっと違って、あまり無茶はしません。
0x0b.コンピューターがいつかトッププロを負かすとして、それはいつごろだと思いますか?
真鍋:10年後ぐらいですか。 プロに初勝利するのは、もう数年早いと思います。 でも絶対に負けない、という域にたどり着くのは、100年以上かかるかもしれません。
もし、真鍋さんがプロに初勝利するAIを開発できたとして、その時に負けたプロ棋士にどんな言葉をかけますか?
真鍋:感謝の言葉と、これからもよろしくお願いしますという言葉です。 AIを強くするために、プロの方々の打ち方から学ぶことが多いですし、そもそも私が囲碁に興味を持たなければ、開発すらしていません。 囲碁界を支えている棋士の方々には頭が下がる思いです。 また、AIがプロに勝って、それで終わりというわけではありませんので、良い関係を続けられたらと思います。
0x0c.もし、コンピューターのほうが強くなった時に、それでも人間を越えられないことは何だと思いますか?
真鍋:コンピュータ囲碁は心がありません。 いくらプログラムが可愛くても、少しさみしいですが、それは本当にこの世界に生きてはいません。 囲碁は、例え会話がなくとも、 盤上で意思の疎通ができる 囲碁は別名「手談」とも言われ、盤上のコミュニケーションでもある。上手い人だと、相手が何を考えているかや、性格などがわかったりする。 ゲームです。 しかしコンピュータ相手だと、難しいでしょうね。
「心」とは認知科学のド真ん中のテーマですね。 難しいのは承知の質問ですが、どうして機械には「心」が宿らないと思うのですか?
真鍋:人間には生きるという目的があって、囲碁は楽しむための手段です。 それに対して囲碁AIは、囲碁を打つこと自体が存在意義なのですよね。 人間だったら、 相手の言うことを聞かされる どうしても対応せざるを得ない場所に打たれること。相手の言いなりになっている感じがして、あまり気分のいいものではない。このような手を打たれた場合、逆襲のために相手にもっとダメージを与えられそうな場所を必死で探すことになる。 のが嫌だから、ここには打たない、ということもありますが、AIはそれがベストと思ったならどこにでも打ちます。 なんだか、盤面だけ見つめて、顔も上げずに碁を打っているような。 こちらのことなんて、気にもかけていない。 AIに心を宿らせようと思ったら、まず囲碁から離れて、「命の創造」というテーマの研究になると思います。 ドクタースランプのアラレちゃんや、鉄腕アトムが囲碁を打ったら、それは心が宿った碁打ちになるでしょうね。
0x0d.囲碁というゲームは「誰」が作ったのだと思いますか?
真鍋:すごく無邪気な子供が想像できます。 囲んだら石が取れる、とか、特にそう。シンプルで直感的で、わかりやすいゲームですから、楽しい遊びに飢えた子供が、そのあたりに落ちている石を使って始めたのではないでしょうか。 調べてみると説がいくつかあって、どうも貴族とか偉い人が考えたようで?私の想像はかすりもしていませんでしたが(笑)、貴族さんもきっと遊びたかったんですよ。 少年少女の心を持った貴族なんです、きっと。 実際、現代の碁打ちを見ても、素直で活発な、良い意味で少年みたいな人が多いと思います。
どうなんでしょうね、何しろ数千年昔のことですから・・・。 でも、言われてみると囲碁には無邪気さを感じますね。 村松さんは、囲碁を作ったのは「宇宙だ!」と断言されました。
真鍋:宇宙ですか!やっぱり教授と学生では、表現のレベルが違いますね(笑)。 生き物の本質的な部分からできたゲーム、という意味で、思っていることはたぶん同じだと思います。 私は宇宙人までは頭は回らなかったので、ちょっと負けです。
0x0e.囲碁というゲームの魅力をひとつ挙げるなら何ですか?
真鍋:漫画の「ヒカルの碁」で、神様になるんだ、この盤上で、というようなセリフがありました。 神様だから何でもできるんです。 すごく自由に、自分の思うままに世界を作っていけるところ。 これがまさに囲碁の魅力だと思います。 残念ながら神様は2人いるので、時には邪魔されちゃいますけど。
「宇宙」は囲碁をされる方に共通するビジョンのようですね。 僕みたいな下手糞でも、ごくたまに感じることがあります。 それが、数手しか続かないのが難なんですけど (笑)。 真鍋さんご自身はどうですか? あと、ご自身の作られたAIが宇宙を感じていると思いますか? 人間にとっての「宇宙」、機械にとっての「宇宙」は同じものだと思いますか?
真鍋:特に序盤から中盤にかけては、どういう世界を作るかワクワクしながら打っています。 最後にその世界がどうなっているかには、あえて触れませんが…。 私のAIはちょっと宇宙を感じすぎ、夢見すぎですね。 望めば自分のものになると思ってる(笑)。 現実的な言い方をすると、 盤面評価 今の局面で、自分が何目で相手が何目かを試算すること。相手のほうが多ければ攻め込まなければどうせ勝てないし、そうでなければ硬く守って逃げ切るということになる。 が甘いということですが。 ここをこういうふうに自分の陣地にしたい、という意思が見えるので、ちゃんと宇宙を見ていると思いますよ。
0x0f.CEDEC CHALLENGEに参加される方々に一言お願いします。(期待、心構え、楽しさなど)
真鍋:イベントとしてはプログラムの対局がメインですが、他の開発者の方と、どうやって作ってるかなど話すのも、すごく楽しみにしています。 私もネタをがんばって作っていきますので、当日はよろしくお願いします。