万波 佳奈 四段に0x10個の質問をしてみた
文中における所属・肩書きは、2011年7月19日掲載時のものです。
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万波 佳奈 (まんなみ かな)
囲碁棋士 四段
昭和58年生 兵庫県出身
平成16年、平成18年女流棋聖のタイトル獲得
囲碁普及プロジェクト「IGO AMIGO」の代表幹事を務めるなど囲碁普及活動に精力的に取り組んでいる
NHK杯・NHK囲碁講座司会などテレビ出演多数
「吉原由香里・王唯任・万波佳奈の囲碁教室」講師
妹・万波奈穂二段もプロ棋士0x00.簡単な自己紹介をお願いします。
万波:囲碁棋士の万波佳奈と申します。 どうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。 ここは万波先生の人となりをお伝えしたいので、少しプライベートに踏み込みます。 例えば、いくらプロ棋士とはいえ、普通に若い女性でもあります。 普段何して遊んでるとか、最近の生活の変化とか、趣味とか、好きな食べ物とか、好きな本とかゲームとか、差支えの無い範囲で教えて頂けますか。
万波:最近結婚をしましたので、今は家事や家の片づけをがんばっています(笑)。 料理が課題で囲碁棋士の 吉原(梅沢)由香里 公式ブログ http://www.nihonkiin.or.jp/kishihp/umezawa/umezawa.htm さんから料理本をいただき、それをもとに特訓中です。 またiPhoneで、FINAL FANTASY IIIにハマっています。 電車やバスなど移動中にプレイしていますが、降りるのを忘れてしまうくらいFINAL FANTASY楽しいです! 一生懸命レベル上げしています。
0x01.今のお仕事を選ばれた理由は何ですか?
万波:父と祖父が囲碁が趣味で、5歳のころ習い事の一環として始めました。 幼いころから囲碁が好きだったようで、両親の協力もあり囲碁のプロを目指すことになりました。
お父さんやお祖父さんも、もの凄く強かったのでしょうか? そうだとしたらこの方々から教わったのですか? それとも、どこか教室に通われたり、師匠に付かれたりしたのでしょうか。 いくつくらいでプロを目指し始めたのですか? どうしてこんなことをお尋ねするかと言うと、おそらく多くの方にとって「囲碁のプロになる」というのがどういう事かわからないと思うのです。 何か、特殊養成機関とか、資格とかあるのでしょうか?
万波:父と祖父は初段~二段くらいの実力です。 すごく強い!というわけではないのですが、趣味で囲碁を楽しんでいます。 ただ父からは碁を教わらず、 プロが開催している子供教室 調べてみると、入門から教えてくれる子供向けの囲碁教室がたくさんある。囲碁だけではなく、礼儀作法なども教えてくれる。また、子供達のための囲碁大会も多く開催されている。大規模なものでは、毎年子供の日あたりに行われる「任天堂こども囲碁大会」 http://www.nihonkiin.or.jp/news/2011/04/54_6.html などがある。 に通って、ルールから教わりました。 そこには同年代の友達がいっぱいいて、最初は友達に会う楽しみと、おやつ目当てで通っていました。 幼心ながらに囲碁が好きだったみたいで、徐々に上達していき、小三のときに囲碁教室の先生から勧められ、プロを目指すための本格的な勉強を始めました。 学校から帰宅後は教室に通い、家でもずっと囲碁の勉強をしていました。 両親の協力がなかったら、ここまで勉強できなかったと思います。 小学校の間は大会に出場 プロ棋士の多くが子供のころに参加する大会として、「文部科学大臣杯少年少女囲碁大会」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%91%E5%B9%B4%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%9B%B2%E7%A2%81%E5%A4%A7%E4%BC%9A などがある。 し経験を積み、中1の春からプロ養成機関に入りました。 同じプロを目指す仲間たち男女100人くらいと切磋琢磨し、高1の冬に行われた「女流特別採用枠」(総当たりリーグで年一回行われる)のリーグ戦で上位となりプロ入りが決まり、高2の春からプロデビューとなりました。
0x02.今のお仕事は一番好きなことですか? そうでなければ一番好きなことは何ですか?
万波:今の仕事は一番好きです! いろんな方に出会え、自分の思いを囲碁で表現でき、囲碁と出会えて本当によかったなと思っています。
どうもプロ棋士の日常と言うのは想像のしようもないので、もう少し詳しく教えて下さい。 もちろん他の棋士の方や、囲碁関係者の方とは同業者ですから頻繁にお会いになられるのだと思います。 他には、どんな方とお会いになられるのですか? 特に印象深いエピソードがあれば教えて下さい。
万波:囲碁をする方は企業のトップの方が多く、私のような若輩者でも囲碁を通してお会いすることができます。 皆様は純粋に囲碁を楽しんでいてくださっているだけでなく、私に対しても丁寧に接してくださり、普段お会いできない方々から後日お手紙をいただいたことも何度もありました。 人の上に立つ方々は分け隔てなく人との出会いを大切にされているんだなぁ、小さなことも丁寧に行っていらっしゃるのだなぁと感じました。
「自分の思いを囲碁で表現」とのことですが、どんな「思い」ですか? あと、それを囲碁で表現するというのは、例えばどんなやり方なのでしょうか?
万波:意外かもしれませんが、囲碁は自分の心の内が顕著に出るゲームです。 自分が楽しいとき純粋な思いでいるときは、打つ手ものびやかな手になり、逆に悲しいときや傲慢になっているときは打つ手が縮んだり、乱暴な手になったりします。 自分の心をしっかりと見つめ直す、囲碁をするといつも感じていることです。
0x03.お仕事をされていて一番楽しい事は何ですか?
万波:多くの方と出会えることです。 私はこれまで囲碁しかやってこなかったため、他の世界、いろいろな職業の方とお話できることが一番楽しいです。
囲碁以外ではどんなお仕事をされているのですか? 囲碁のみをされていた時と比べて「他の世界」を見て、驚かれたりしたことはありますか?
万波:対局以外にはテレビ出演、エッセイや囲碁本などの執筆活動、アマチュアの皆様との指導碁、囲碁大会の審判、囲碁教室の開催、入門教室、解説会など、ありがたいことにいろいろなお仕事があります。 どれも囲碁関係の仕事ばかりですが、そこで出会う方々は囲碁以外の仕事をされています。 囲碁は個人プレーの職業で、また幼いころからやってきたため感覚で行っている部分も多かったのですが、他の職業の方とお会いするようになって、複数の人と分担して一つの事柄を作り上げて行ったり、理論的に物事を考えていることを実感し、目から鱗のことばかりです。 囲碁しかやってきていない私にとって本当にありがたい勉強の場となっています。
いろいろな職業の中で、特に印象深いお仕事はありましたか? また、その人たちは、どうして囲碁をやってるのでしょう?
万波:震災直後に電力会社と発電所を手掛けている建設会社の方と囲碁を通してお会いでき、今問題になっていることを私にわかりやすく噛み砕いて教えてくださいました。 いろんな職業の方たちが囲碁をやっているのを見て共通に思うことは、皆、人との出会いを求めていることです。 囲碁は出会いだけでなく先ほどお伝えした通り、人となりが分かるゲームでもありますので、仲良くなりやすい。 皆さん屈託ない笑顔で囲碁を楽しみ、いろんな会話をしていらっしゃいます。
0x04.お仕事をされていて一番辛い事は何ですか?
万波:不甲斐ない負け方をしたときです。 自分の力を出し切れたのならいいのですが、精神的な甘えや未熟さで負けたときは一番辛く、悔しい思いをします。
不甲斐ない負け方って具体的にはどんな負け方のことですか? 精神的な甘えというのは、囲碁の打ち方にどんなふうに現れるのですか?
万波:実力差があるのは仕方ないのですが、精神的に自分の怠慢が出たり、形勢が良くなった途端勝ちを意識し気持ちが萎縮するなど、私はまだまだ精神修行が足りません。 そんな気持ちになったときは必ずと言っていいほど、弱気な手が出たり、がんばらなければいけないところを保守的な手を選んだりし、気がついたときには形勢が悪くなっていたり、良い形勢でも差がどんどん詰まっていきます。 自分なりに必死に考え、怖いと思ってもがんばった手を選んだ碁を打てたときは、たとえ負けても次に気持ちが繋げることができます。 本当に囲碁は精神面の大きなゲームだなと思います。
0x05.ご自身のお仕事が誤解されているなあと思う事はどんなことですか?
万波:囲碁は難しい、ご年配の方がやるもの、と思われていることです。 実際は ルールは4つほどしかありません 「理系クンの囲碁入門」 http://cedec.cesa.or.jp/2011/event/challenge/ai/special_lesson/index.html 参照 し、若い方も囲碁を楽しんでくださっています。 棋士の仕事も対局だけでなく、大会の審判や指導対局、書籍を書いたり、メディア出演等々多くの仕事があります。
どうしてそんなイメージになっちゃたんだと思いますか? きっと昔の日本では、子供たちも囲碁や将棋を遊ぶのが珍しくなかったと思います。 先生方の普及の努力で、若い方の注目度も上がってはいますが、やはり残念ながら人数は少ないと思います。 想像で構わないのでお考えを教えて下さい。
万波:普及活動が足りなかった、これに尽きると思います。 何十年か前は、囲碁は大衆の娯楽で、親から子へ、先生から生徒へ、上司から部下へ囲碁が伝わって行きました。 新聞に囲碁欄を載せたら販売部数が上がった そのため、多額の賞金が出るタイトル戦のスポンサーは、大手新聞社であることが多い。 くらい囲碁は親しみがあるもので、そのため囲碁界の中で入門や初級者の方への普及はさほど多くありませんでした。 けれども時代の流れとともに、人々の娯楽は変わり、世間も家庭内環境も大きく変わりました。 その時代の流れを意識し、囲碁界全体で入門に必死に取り組むようになったのもここ最近のことです。 取り組みは遅かったと思いますが、それを取り返すのはこれからの努力です。 また囲碁は4000年の間人々が触れてきた奥深くて魅力あるゲームです。 そんな囲碁だからこそ伝えて行けば、皆囲碁を楽しんでくださいます。 イメージを変えていくのもこれからの私たちの努力次第だと思っています。
0x06.その誤解を解いて、面白さを伝えるためにどんな工夫や取り組みをされていますか?
万波:囲碁を気軽に覚えて楽しんでもらうイベントを開催したり、メディアさんからお話があったときはなるべく出させていただき、囲碁を知っていただく活動をしています。
興味を持ってみていると、テレビとかラジオにも最近は囲碁の話題が出ますね。 あの「タモリ倶楽部」にも出た http://www.nihonkiin.or.jp/news/2010/12/201117.html し。 でも、多分、日本人なら囲碁を「知らない」人はいないと思います。 でも、その後が難しいですよね。 始めたけど辞めちゃうひとも沢山いる。 ルールがシンプルである事と、囲碁が打てることの間には高い壁があるように感じます。 この壁の正体は何でしょうか? 例えば、テレビゲームとかが、役に立つ可能性はあるとおもいますか?
万波:ルールはシンプルだけれども奥行きが果てしなく深い。そんなちぐはぐなところが囲碁の魅力の一つで、そこが壁だと思います。 また終局(ゲーム終了)も皆様が最初に当たる壁で、ここで難しいと思ってしまう方が多数となります。 囲碁は陣地を完璧に囲み切り、そのあと「両者の合意」があって初めて終局となります。 どちらかが合意をしなければ相手の陣地に踏み入ったり、自分の陣地を補強したりとずっと続けることができます。 終了にコミュニケーションが必要なゲームなんですね。 これは他のゲームにもほとんどない特性だと思います。 終局のタイミングさえ分かれば、あとはどんどんと囲碁を理解することができます。 テレビゲームではその終局タイミングを見極めるうえで、かなり役立つと思います。
0x07.自分 (が開発したAI | の教え子) が勝ったとき、どんなふうに感じますか?
万波:本当にうれしいです。 勝ったのはその方の努力の賜物ですし、一生懸命対局している姿、楽しそうにしている姿を見ていると、こちらまでうれしくなります。
囲碁は難しいゲームなので、上手くなる前に投げ出す人もいます。 何か、囲碁を「楽しむ」コツみたいなものがあったら教えて下さい。
万波:囲碁は理論ではなく感覚のゲームでもあります。 そして着手は端から中央まで好きなところに置いてよく自由度が大変高いため、私たち棋士でさえ、この進行がうまくいっているのか分からないことが多々あります。 そんな囲碁ですから、理論で考えるのではなく、自分の感性に素直に打ってみてはいかがでしょうか? ここに陣地を作りたいからこのあたりに打つ、この石を攻めたいからここに打ってみる、こんな感じの感覚でまったく構いません。 自分の気持ちに素直に打ってみると、意外に自分の本質が見えてきたりします。 正解がない分、自分の好きなように絵描きをしてみる。 これも囲碁を楽しむ一つのコツだと思います。
0x08.自分 (が開発したAI | の教え子) が負けたとき、どんなふうに感じますか?
万波:結果よりも内容を重視しています。 私たちも教え足りないところが多々ありますので、その方の碁を見て改善するところ、伸ばしていってほしいところを伝えていきます。
教える側としては、何に気を付けておられますか?
万波:囲碁は自由度が高い分、さまざまな打ち方、棋風(碁の性格)があります。 それはもう千とも万とも言えるぐらい数えきれないくらいの幅です。 私たち教える側としては、その方の個性、棋風を伸ばしていきたいと思っています。 明らかに悪手以外は、その方の打ち方を褒め、またどういう思いで打っていったかを聞いていきます。 これも「なんとなくここを地にしたかったんだ」「この石たちを分断できたら・・」ぐらいの大まかな思いでまったく構わないのです。 それを積み重ねて行くうちに、自分の得意な戦法が見えてきます。 私たちとしても教え子さんたちの打ち方を見るのがとても楽しく、「こういう打ち方もあるんだ!」と実は自分たちの勉強にもつながっているのです。
今まで囲碁を教えてこられて、上手く行ったこと、行かなかったことがあれば教えて下さい。
万波:以前の私はとにかく褒めるばかりで、具体的なアドバイスが少ないことが多々ありました。 教え子さんたちはなにが良かったのか、褒められてもちんぷんかんぷんだったかと思います。 今はできるだけ、こういった理由でいい、などと具体的なことを言うようにしています。 でもこれは教える側として当たり前のことでしたね・・(^_^;)
0x09.今の囲碁AIで凄いなと思う事は何ですか?
万波:近年になってAIの実力がどんどん上がっていることです。 小さな碁盤になるほど、そのレベルアップさがさらに増します。 また 死活 石の群れが「活き」か「死に」かの勝負。基本的には、相手にとっての着手禁止点が二つできる「二眼」の状態にできれば「活き」。そうでなければ「死に」。 能力はかなわないと感じます。
いくら死活のみとはいえ、プロがかなわないと感じるというのは凄いですね。 Chessの競技で、 Advanced Chess 人間同士の対局で、コンピューターを道具として用いることが許されている競技形式。 というのがあるそうです。 これは、コンピューターを相談相手に使って競技するというものです。 となると、部分的な死活に関して、コンピューターを片手に打てば、先生はもっと強いのかも? そういうのやってみたいですか? それとも、やめときますか? やめとくなら、どうしてですか?
万波:たしかに死活部分になったときにコンピューターを使ったらどうなるかなぁと思ったことは何度もあります(笑)。 でも私は使わないでいきたいです。 というのも、死活は部分的な問題であって、囲碁ではそれが必ずしも勝敗に直結するわけではありません。 たとえ自分の石が死んでしまっても、全体を見たら形勢がよかった。 また完全に生きる手があるのに、わざとそれを選ばずに相手に取らせにいき、広い部分で勝負する、という戦法がよくあります。 部分にこだわり過ぎると大事な全体が見えなくなる可能性があるので、私は自分自身で部分と全体の判断をしていきたいと思っています。
0x0a.今の囲碁AIに感じる違和感は何ですか?
万波: 布石 闘いや、陣地の囲い合いの準備を行う序盤のこと。とはいえ、数手目から戦いが始まることもある。 から 中盤 そろそろ、戦いや陣地の確定を目指す局面のこと。 に入るときの感覚とヨミがどちらも必要になる場面になると、AIの着手に少し違和感を感じます。
その「違和感を感じ」るというところをもう少し教えて下さい。 それは「正しい」のだけれどなんかなー、という感じですか? それともそもそも「その手は間違っていない?」という感じですか?
万波:コンピューターが打った手が正しいか間違っているかは正直分かりません。 計算でたたき出したので、私にはない発想だったけれど、実は正解なのかもしれません。 しかし、流れとして違和感を感じます。 碁は数えきれないほどの棋風があります。 戦いなら戦い、守りなら守りで、皆様知らず知らずのうちに棋風に沿った流れの中で着手を選んでいきます。 もちろん一局の中で戦いが守りになったりと変更もありますが、それも道筋があった上での変更です。 ただコンピューターは道筋がないまま方向が転換します。 心理的なものがないからなのでしょうけれども、いきなり変更になったりするのです。 人間として無意識に流れを感じているものにとって、コンピューターの打ち方はドキッとします。
実際、AIが違和感を感じさせる手を打ってきたとき、先生は勝ちを見ますか? それともそれとは関係ないですか?
万波:私自身が正しい手がわからないので、それで勝ちを見るわけではありません。 そう思えば、人間同士の対局のほうが流れを感じることができる分、安心して打てるのかもしれませんね。
0x0b.コンピューターがいつかトッププロを負かすとして、それはいつごろだと思いますか?
万波:100年後200年後の世の中がどうなっているかわからないのでなんとも言えませんが、100年は勝てないと思います。
23世紀まで無理と言う予想ですね。 AI研究者にとっては受けて立たねばなりませんね。 なので、研究者の方に少しだけヒントを上げて下さい。 どうして、こんなにコンピューターの性能がどんどん上がっていくにもかかわらず、100年は負けないと思われるのですか?
万波:私はコンピューターの詳しいことはわかりませんが、コンピューターは計算で着手を選んでいくのではないかなと思っています(間違っていたらごめんなさい)。 囲碁では「陣地」の対義に「厚み」というのがあります。 これはいわゆる「壁」で、この使い方としてはさまざまあり、陣地を囲む・相手の陣地を制限する・相手の石を攻めるなどがあります。 厚みの形も定義があるわけではないので、千差万別さまざま。一見して陣地にはまったく見えない「厚み」ですが、そのあとの流れ次第によって陣地が現れるのです。 もしコンピューターが計算で着手するとなると、この厚みまで計算して価値を出さなければならないと思います。 トッププロは厚みも感覚で価値を見出し、碁盤に置いた石一つ一つを最大限に活用した碁を打ちますが、コンピューターが価値のはっきり分からない「厚み」をどこまで活用するのか私にはわかりません。 もし活用しないとなると、全ての石を活用するトッププロにはまだ追いつけないのではないかなと思っています。 これは私の個人的意見なので、だいぶ間違っているところもあると思いますが、ご容赦ください。
0x0c.もし、コンピューターのほうが強くなった時に、それでも人間を越えられないことは何だと思いますか?
万波:囲碁は大変広い盤を使い、着手も制限がなく自由です。感覚で打つ部分がどうしても出てきてしまい、それはなかなか超えられないのではないかと思います。 また勝負どころの呼吸などの勝負勘というのがあり、それはコンピューターには身につけられないと思います。
僕は数学とかプログラミングが好きだったので、結果今の仕事をやっています。 実はこういうのも、とても感覚的な世界で、才能のある人は理屈を積み重ねるのではなく、直感的に答えがわかるのだそうです。 でも、その感覚は人に伝えにくいから、論理で説明するんだと教わったことがあります。 特に証明問題なんかは、そうやって解くらしいです。 というか、そうしないと解けない。 コンピューターができてから、長い事自動証明プログラムとか、定理を自動生成するとか試みられていますが、一進一退です。 囲碁AIと似ているかもしれませんね。 だから、難しいことを聞きます。囲碁における「感覚」とか「呼吸」って何ですか?
万波:数学やプログラミングの世界も感覚や直観というのがあるのですね。 とても興味深いです。囲碁における「感覚」ですが・・本能ではないでしょうか。 囲碁も第一感で思いついた手に対してヨミで裏付けをしていき着手していきます。 明らかに失敗する図さえ見えない限り、プロもほとんど第一感の手で打っているそうです。 囲碁は本当に正解が分からないゲームです。 絵に対して一人一人とらえ方が違うように、局面によってとらえ方がまったく違い、選ぶ着手も違います。 「攻めたい」「守っていこう」「腰を落ち着けて相手の出方をみよう」。 これはもう、その人がもって生まれた性格、環境、心理によってかわってくると思い、私はそれが本能だと思います。 「呼吸」もきっと本能でしょうね。 対面している相手の雰囲気で相手が次に何をやりたいか、なんとなくわかったりします。 なので、ネット碁を打つのが苦手だという人もいる。 トッププロ同士の対局ではお互いがその呼吸が分かり、言葉に出さずとも碁盤では会話が成立しているそうです。
0x0d.囲碁というゲームは「誰」が作ったのだと思いますか?
万波:ルールのシンプルさと内容の果てしない奥深さ。 神様でなければ作れないのではないかなと思っています。
その神様って、どんなキャラだと思いますか?
万波:すごく人間っぽい神様だと思います(笑)。 囲碁は「囲」の字のとおり、囲むことが全てとなるゲームです。 地を囲む、相手の石を囲む。 人間も昔の時代から土地やモノを囲ったりしてきました。 ただ私たちはできるだけ多くを囲いたがりますが、囲碁は相手にも必ずあげなければなりません。 100vs0ではなく、51vs49のように、ほんの少しだけ相手より多ければいいのです。 そのため「調和のゲーム」とも言われています。 人間の気持ちも理解しながら、あるべき正しい形を示している、そんな思いを持った神様ではないでしょうか。 ちょっと飛躍しすぎているかもしれません(笑)。
0x0e.囲碁というゲームの魅力をひとつ挙げるなら何ですか?
万波:奥深さです。
囲碁のどんなことに奥深さを感じますか? その奥に見えるものって何ですか? 先生でも、見ようとしても見えないものってありますか?
万波:正解が見えない、正解が分からない奥深さです。 一時代を築き上げた、ある超一流の棋士でさえ、こうおっしゃっていました。 「碁の神様がわかっているのが100だとしたら、私にわかっているのはせいぜい5か6か、あるいはもっと下です」。 私は100のうち、0.001も分かっていないぐらいだと思います。 その奥さえもまったく見えない私ですが、だからこそ碁の魅力を感じます。 実はこれまで何度も、いまわの際にでも神様に会えたら完璧な碁を見てみたいなぁと思うことがあります。 それはどれほど美しい碁なんだろう・・と。 けれどもそれは最後の最後がいいです。 それまでは自分自身の力で、碁の奥に進んでいき自分を精いっぱい表現していきたいです。
0x0f.CEDEC CHALLENGEに参加される方々に一言お願いします。(期待、心構え、楽しさなど)
万波:昨年CEDEC CHALLENGEにお伺いし、AI同士のスリリングな戦いに目が離せないほど、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。 囲碁はとても楽しいものですので、ぜひ皆様にも楽しみながら取り組んでいただければうれしいです。